ネット社会になった今日では様々な情報が溢れ、パタンナーからは作図方法や困った時の解決策、デザイナーからはトレンド情報やドローソフトの使い方など多くが検索すればすぐに手に入る。
ただパタンナー目線で考えるハンガーイラストの描き方はあまり目にしなかったのでまとめてみようと思い至る。

前回から引き続き「商品が見えるハンガーイラスト」の描き方を考えてみる。(前回記事<パタンナー歴22年目が絵を描く>)
では、商品が見えるとは一体どういうことだろう。
端的に言うと”分かっている”絵であると考える。
まず絵を完成させるまでの大まかなプロセスとして、各アイテムの基本的な枠組みを取りそこにデザインを乗せていくのが一般的ではないだろうか。
具体的には、
コンセプト設定(レジャーで着る服、パーティー用等)→ターゲットの性別(メンズ、レディース等)→カテゴリー(ボトムス、トップス等)→アイテム(スカート、シャツ等)→各ディテール及びデザイン(脇明きorCB明き、台衿付きシャツカラー等)
といった流れではないだろうか(もちろんデザインを考えているときにディテール先行でラフを出すケースもあるかもしれないが)。
描き手はこの流れで徐々に頭の中のイメージを出力していく。
この時のイメージの解像度と出力の精度こそが分かっている絵に繋がる鍵なのではないかと考える。
■前提として
分かっている絵の前にまず、なぜ商品(やサンプル)が上がってきた時にトラブルが起きるのか考えてみたい。
技術力の無さや知識不足も原因の一つだがこれらは別の機会に考える(または「玉置の仕事場」等とても為になるサイトがある)。
あくまで絵による意思伝達が上手くいかず相手に理解して貰えなかったケースとして進めていく。
■原因と結果
ではどういった事が考えられるのであろうか
原因と結果を挙げてみる。(この「結果」とは絵が完成した時点の結果である)
①寸法が曖昧→バランスが崩れてしまっている
②仕様が曖昧→ディテールが読み取れない
③絵と製品がつながってない→イメージができない
④簡略化しすぎている→伝わらない
大きく分けてこの4つではないだろうか。
■一つずつ見ていく
①寸法が曖昧とはどういうことか、「絵だから寸法なんて必要ない」と思っている人は少数と信じたいが置かれた立場、環境、作る商品によっては絵が寸法を必要としない場合もあるのかもしれない。ただ、私の身の回りでは少なくとも着丈、総丈、身巾、天巾、ボトムのウエスト寸、裾巾くらいは知っておいた方が円滑に回る環境だった。
これらを「とりあえず雰囲気で」などと指示してしまってはかなり相手任せになってしまうだろう。それが悪いとは言い切れないが上がってきた商品が思っていたのと違うといった結果も大いに含むことを忘れないで欲しい。
着丈や袖丈が分かっていないとハンガーイラストにも影響が出るのではないだろうか。
120cm丈のワンピースなのに随分短く見える、七分袖なのに半袖のような袖丈などだ。
絵だから曖昧に描いてしまっている部分はあるだろう。コメントで明記していれば概ね問題ないが、より数字に(仕上がりに)近いバランスを心掛けておきたい。
②仕様が曖昧とはどういうことか、何も両玉縁ポケットの展開図を描きましょうとかそんな事を言いたいのではなくステッチの有無、釦サイズ、ベルト巾、裾始末、明き等をある程度理解して説明できた方が説得力が桁違いだということだ。
手書きたとどうしてもステッチは省略したくなる気持ちも解かる。頭が入らないトップスや下から履けないボトムスなどの絵をしばしば目にする。絵にするには時間が無いようならコメント指示でも充分である。いかんせんこれらがフワフワしたハンガーイラストもあるのでしっかり考えるだけで他より一歩リードした仕事ができるのではないだろうか。
③絵と製品がつながってないとはどういうことか、これは①②をまとめた先と繋がるものがある。仮に受け取ったハンガーイラスト通りに商品を作ったとする。本来なら絵の通りであれば正解のはずだが中には「絵ではそう描いたが実際は違う」と言う人もいると聞く。完全に私個人の考えになってしまうがこれは頭の中と実際の商品が結びついていないということになるのではないだろうか。広義で考えると例えば買った家具が大きくて置きたい場所に入らなかったという結果に近いものだと考える。このイメージと商品を正確に結びつける為には少なくとも寸法を理解し仕様を曖昧にしないことが重要と考える。
因みに受け取ったハンガーイラスト通りに作るといった事は現場ではまず無い事で実際にはやはり違和感がある部分を取り除く作業から始まる。
最後に④簡略化しすぎているについて、これは少し大きな(そして私見的な)話かもしれないがハンガーイラストとはそもそも記号の集合体であり極論を言ってしまえば物体に線などというものは存在しない(と思う)。しかしながら一般的な見識の上で成り立つ相互理解の様なものがあり、例えば机の上にリンゴがあるとする。

この時点でリンゴに輪郭線というものは存在していないが、机の色とリンゴの色の間に色差が生まれそれを線でなぞればリンゴの形状が浮かび上がり机とは別の個体として抽出される。


この線画をリンゴだと言うときこれは既に皆がリンゴという物体を知っているのを前提としているので白黒なのにも関わらず赤いリンゴが頭に浮かび他者とのやり取りが成立する。これは記号の力ではないだろうか。ではこの図から葉とヘタを取り除いたらどうだろう。

途端にこれがリンゴなのかどうか怪しくなってくる。記号としての力を失い描き手と受け手の認識にズレが生まれたと考える。 ハンガーイラストに話を戻す。言いたいのは簡略化による認識のズレである。具体例として真っ先に思いつくのがフリルやラッフルである。
次のハンガーイラストを見て皆さんはどのような裾巾を想像するだろうか。

実際の完成イメージとしては次の写真だ。

絵からはデザインの大枠は読み取れるものの分量までは曖昧だったかと思われる。
フリル等は流動的で慣れない内は描くのに少々の時間が必要になる。忙しい時に簡略化させたい気持ちはとても分かるがもう少し丁寧に描いても良いかもしれない。ただイメージ写真も添付すれば問題ないので時間に余裕がない場合は絵だけではなく写真と併せて伝えるのもひとつの正解だが今回の趣旨はハンガーイラストなのでしっかりと描く事に重きを置きたい。
■寸法と仕様を理解し製品に近い絵を丁寧に描く
見出しの通り寸法と仕様を理解し製品に近い絵を丁寧に描いたら完璧なのだろうか。
私の考えは半分正解に留まる。
では残り半分はというとやはり描き手のドローイングスキルに寄るのではないだろうか。
絵の上手さである。
ここで前出の「イメージの解像度と出力の精度」だ。
①~④をクリアすることがイメージの解像度であり絵の上手さが出力の精度となる。
服の皺(シワ)や布の落ち加減、立体感など相手の理解をより深めていく為に必要な要素はなかなか1日2日で身につくものではない。
数をこなす(=キャリア)がこれを保障していくものとなるだろう。
では最終的に上達してまるで写真のように描けたらゴールなのだろうか。
これは私の考えだが写真のような絵ではハンガーイラストとしては不要な部分(余分な皺や陰)が多く限界まで引き算をした先が一つのゴールなのではないかと思う。
■今日のまとめ
これらを踏まえ、商品が見えるハンガーイラスト(分かっているハンガーイラスト)とは細部の皺まで再現した写実的な描写ではなく上記①②③④をクリアしつつ数をこなしていけばば自ずとその答えが見えてくる。
数をこなせばなどと結果的に何もまとめられておらず無責任に感じるかもしれないが寸法と仕様を理解し製品に近い絵を丁寧に描くとこれだけで本当に良いハンガーイラストが描ける。
問題は時間が無い事だろう。
糸、生地、色、付属、裏地、コーディネイト、人事、予算等決めなくてはいけない事が山の様にありデザイン指示書に裂ける時間が圧縮され最終的に口頭指示になってしまうなんていうのがリアルな現場ではないだろうか。
誰もが売れる商品を目指して仕事をしているのに些細なことでつまずくのは非常に勿体ないと感じる。
完璧を求めたらキリがないが、意識を変えるるだけでも結果が目に見えて変わると断言できる。
次回は上記①②③④をもう少し掘り下げて考えていきたい。
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